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│メルマCiCオリジナルエッセイ
│『なんくるの普通の日々』Vol.014
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「太郎さん」
生きている間にちゃんと評価されず、奇人扱いされてしまうアーティストは多いけど、岡本太郎もその一人だと思う。テレビのバラエティー番組で、小さな目を見開き、両手を広げ「芸術は爆発だ」と言う変わったおじさん。という扱いが、かつての一般的な印象だった。
たぶん多くの家庭にあった、万博のお土産の『太陽の塔』の顔のレリーフが我が家にも長いことあった。万博は1970年だから、1911年生まれの太郎はこの時すでに60歳直前。巨大な『太陽の塔』を目の当たりにした日本中の人たちに強烈な印象を植え付けた。
太郎の評価がいま急激に高まっているのは、太郎の養女で、パートナーでもあった岡本敏子さんの功績が大きい。敏子さんは太郎亡き後の自宅兼アトリエを記念館に改築して、自ら館長として来館者に太郎の精神を語り続けた。
「太郎さんは死んでいないのよ」といつも語っていた彼女の姿は、太郎以上に太郎そのもののような気がした。亡くなった今でも、ひょっとしたら太郎以上のパワーを放っているような気もして、ちょっと怖いくらいだ。ダリとガラのように、芸術家には彼を支え影響を与えるミューズが必要で、敏子さんは太郎の一部でもあった。
メキシコで発見され、日本で修復されて去年公開された巨大壁画『明日の神話』の下絵のミニ絵画版は実は富山県立近代美術館にもあるのだけど、以外と知られていない。そして、実物の方は再びこの春から東京都現代美術館で公開が始まった。
彼のユニークな言葉や思想は本になって、今再び、いろんな人に影響を与え始めている。それらの言葉は、作品以上にチカラがある気がする。
「他人の仕事はもちろん たとえ自分の仕事でも なぞってはいけない」
「順番なんて本当の人間の価値とは何の関係もない」
「駄目ならかえって面白いじゃないか」
実際にその通りに生きた太郎さんは、きっと今も生きている。
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│著者:なんくる(コピーライター)
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