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│メルマCiCオリジナルエッセイ
│『なんくるの普通の日々』Vol.035
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「ミリキタニとリンダ」
理不尽な扱いを人から受けたとき、その怒りを収めたり、相手を許すことって、なかなかできない。ましてや、家族や財産や、大切なものすべてを奪われてしまったとしたら。今回は、日系二世のアメリカ人画家、ジミー・ツトム・ミリキタニの、悲しく波乱に満ちた人生と、「許しと癒し」についての物語。
ジミーは1920年にサクラメントで生まれ、広島で育った日系二世。芸術家を志して18歳でアメリカに戻るが、戦争中、日系人強制収容所に送られてしまい、抵抗の証として市民権を放棄。戦後何年も経って、市民権は回復したが、各地を転々としていた彼はそのことを知らず、社会保障がないままの人生を送っていた。ニューヨークで資産家の料理人として働いた後、1986年に雇い主が亡くなりホームレスに。そして2001年のあの日まで、アメリカ政府への怒りを語りながら、路上で絵を売って生活していたのだ。
9月11日、ビルが崩壊し、有害な煙がたちこめるソーホーの路上で、ジミーはなお絵を描き続けていた。得意とする猫の絵をきっかけに顔見知りだった、ドキュメンタリー映画監督のリンダ・ハッテンドーフが、テロ直後、彼を見かねて自宅に招き、同居生活が始まる。やがて市民権も回復し、高齢者用のケア付きマンションに住まいを得て、やすらぎに満ちた新しい人生を獲得していくことになる。『ミリキタニの猫』という映画では、その様子が詳しく描かれている。
映画の終盤で、彼は収容所跡地への巡礼の旅に参加し、その場所で亡くなった多くの人に思いを馳せて供養し、ようやく悲惨な体験を終わらせ、怒りや悲しみを静かに収めることができた。その表情の柔らかな変化に、見ている方も癒される。最初の頃の、怒りに満ち背中のまがった彼と、終わりの方の穏やかで背筋のピンとした彼の姿は、まるで別人のようだ。
リンダの優しさと勇気に満ちた行動で、一人の老人の人生は一変した。テロ直後のニューヨークの出来事だからこそ、その意味はなおさら大きい。
「怒り」では、人は幸せになれない。許すことの難しさと、優しさという強さ。いろんな思いを巡らせることができる物語だと思う。
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│著者:なんくる(コピーライター)
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